他人の期待に応えることが人生ではない。

この職場はひっきりなしに異動がある。1人、異動者が出て、その仕事をだれかがしなければならなくなった。

そこに異動するかどうか問われ、異動を希望した。

選択権は与えられていた。

これまで、何度か異動したけれど、希望したことは滅多にない。いつも言われて受け身の異動。

今回は深く考えず、異動を希望した。

僕は大事な選択を良く直感でするのだ。

就職しかり、結婚しかり。

 

僕は四月からおおよそ希望の仕事にありつけたが、いかんせん上司があまり好きではなかった。

一方で、異動した場所の上司はなかなか良さそうではあった。側から見るのと仕事を一緒にやるのでは全然違うので、良さそうと言っても全然良くない可能性もある。

40年間、僕は受け身であり、忍耐の人であった。

40にして惑わず。と孔子は言ったが、僕は40にして、型をくずしはじめている。いい子ちゃんでいた40年。グチを人に言うことも、人のせいにすることもせず、自分は自分の中に溜め込んで来た。

これは良くない方向なのかもしれないが、1度型を崩す必要がある。

上手くいかないかもしれないし、困難が伴うものかもしれない。

でもやってみても良いと思っている。

以前だったら、嫌な上司がいたら耐えてむしろ、その人に良くしていけと思っていだが、やめてしまった。

仕事は大変かもしれないけれど、その人から離れることにした。

今思えば、極端なのかもしれない。

嫌な上司に対しても、理不尽なことがあれば堂々と言っていく、と言うのが良かったのかもしれない。

もっとぶつかっても良かったのかもしれない。

たけど、もう踏み出してしまった。

私生活でも昨日、大きな変化があった。

 

人は仕事や役職を身にまとい生きている。

1度、そういうものを全て取り去った後に何が残るのか、本当の自分のしたいことなど、考えてみよう。

あれっ、これ40にして自分探しか?

まずいかもしれない。

いやまずくない。